兵庫県議会議員 くりやま雅史
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くりやま雅史 エピソード

エピソード1
27歳 「ニューヨーク・テロ事件。あの日、私はWTCビルの下にいた。」

 偶然通りがかったあの事件。マンハッタン南部へ足を伸ばしたその時、あの惨劇に遭遇した。

 足元には資料が山積みになって散乱しており、その中には日系企業のものもあった。最初は「テロ」だと知らず、前代未聞の高層ビル火災だと思った。野次馬的ではあるが、恐る恐るビルの方へ近づいた。熱さに耐えかねたのか、ビルから沢山の人が身を空へ投げ出していた。目も当てられない事実が自分の前で起きていた。咄嗟に手元のビデオでその惨劇をおさめ始めたその時、サウスタワー崩壊。ほうほうの体で逃げ、何とか命は助かった。身体は粉塵で真っ白になった。

 その事件以来、「平和」というものの大切さについて真剣に考えるようになった。

エピソード2
11歳 「星一徹のようなオヤジのスパルタ。小学校ソフトボール時代。」

 町内会のソフトボール部に入部し、ある日突然監督から「ピッチャーをやれ」と言われた。ただ背が高かったからだろうか。不安を感じつつ投げてみると、形はなっていないが、球は速かった。ただし球はキャッチャーミットには入っていなかった。

 そのノーコンぶりを見たオヤジは、スパルタ教育を自分に強いた。涙を流しながらの毎朝100球の投げ込み、家の中ではトレーニングメニューが決まっており、毎日が筋肉痛。オヤジのヒザも青あざだらけだった。そんな日が2年続いた。

 卒業の頃にはちゃんと良い球が投げられていた。大会では準優勝するまでになった。勉強での努力は知らなかったが、「努力すれば何でも上達する」ということを体で知った。

エピソード3
夢は大学に行くことで止まっていた…どんな仕事がしたいのかわからない。でも就職活動スタート。

 「良い大学に入れば、良い就職ができ、幸せな生活が送れるんだよ。」小さい頃両親から受けた教えである。自分の意志を持たないまま、親のすすめで入った学習塾。中学・高校は「大学に入るため」だけの学習に終始した。周囲を見渡しても、必死に勉強をする同級生がいる。将来の職業像なんて考えることもなく大学に入学した。

 大学3年の冬。企業側からの就職活動スタート!という号令がかけられた。大半の学生は「何処へ行けばいいんだろうか?」「どんな仕事がしたいかわからない」と言う。私もその中の一人だった。

 「良い会社」の意味、そして「職業人としての生き方」については、殆ど教育らしいものがなかったように思う。「良い会社」と言われる会社に入った同級生が今、その会社が破綻してこう嘆く。「こんなハズじゃなかった」と。

 詰め込み教育に慣れた私たちの世代は「創造」ができる世代なのだろうか。これからの教育を何とかしなければと思った。

兵庫県議会議員 くりやま雅史 - プロフィール/エピソード

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